ゾンタクラブとは

女性の地位向上のために共に働く事業経営者や専門職の人々の国際的奉仕団体

国際ゾンタ

<目的>
国際理解と社会奉仕、そして女性の社会的地位の向上および相互理解と友愛を深め、 世界平和への推進に奇与することを目的にしている。
(a) 地球レベル、地域レベルで奉仕を提供する。
(b) 女性の法的、政治的、経済的、教育的、健康的、職業的地位の改善を図る。
(c) 事業経営者や専門職の人々の世界的な友好を通して、理解、親善、平和の推進のために働く。
(d) 正義、及びすべての人の人権と基本的自由の尊重を推進する。
(e) 世界的に団結して、高い倫理基準を養い、奉仕事業を実施し、地域社会、国会、全世界に奉仕する会員同志がお互いに支えあい、親睦を深める。

<歴史>
1919年11月8日アメリ力のニューヨーク州バッファロー市に創立され,本部が1928年1月に、 イリノイ州シカゴに設立された。

その後ゾンタの精神である「誠実と奉仕」をモットーに、2005年現在世界67ケ国1,200以上のクラブがあり、 33,000人もの会員が活動している。日本国内には46クラブ1,000人近くの会員がおり、共に活動している。

<名前>
アメリカのスー族の「誠実・信頼」を意味する「ゾンタZONTA」から、この会の名前がつけらた。

<国際ゾンタ世界大会>
隔年に行われ、世界各国から代表のゾンシャンが集まり、貴重な意見の交換を行い、 友情を深め明るい真の平和のために貢献する。
世界大会は2002年スウェーデン、2004年ニューヨーク、2006年メルボルン、2008年6月ロッテルダム、2010年サンアントニオ、2012年トリノ、2014年オーランド開催予定、2016年ニース開催予定。

国際ゾンタの創立記念日 :11月8日
ゾンタの色 :マホガニーと金
ゾンタの花 :Hartanna Roseというフロリバンダ咲きの黄色いバラ
ゾンタの紋章 :日光・団結・共に運ぶ・奉仕・信頼などを表すインディアンの象徴を、 5つ組み合わせたもの

 

マリアン・ドゥ・フォレスト

ゾンタの創設者 その人生、彼女の残したもの

マリアン・ドゥ・フォレスト-その女性

マ リアン・ドゥ・フォレストは夢見人である。彼女の エネルギー、情熱、そしてリーダーシップは、1919年ニューヨーク州バッファローに、ゾンタインターナショナルを発足させた。マリアンは国際的な劇作家 としてもその名を知られ、ライシウム・オブ・ロンドンという、権威ある作家クラブのメンバーにも名を連ねている。マリアン・デ・フォレストの名前は、 the Notable Women in American Theater(アメリカの劇世界において注目を集める女性たち)やWho’s Who in America(全米人名年鑑)に載っており、1998年には、the Western New York Women’s Hall of Fame(ニューヨーク州西部女性の殿堂)にもその名が登録された。

マリアンは、1864年2月29日、バッファローに 生まれた。マリアンは目のけがのために、学校には通わず、家庭教師から教育を受けた。類まれなる意志と努力により、ハンディキャップを克服し、バッファ ロー神学校を卒業した。卒業後、マリアンはレポーターとなった。ニューヨーク州西部において、女性レポーターの先駆者のひとりである。その後20年間、彼 女は演劇批評家として、あるいはバッファロー・エキスプレスという雑誌の女性欄の編集者として活躍した。この中で、彼女は演劇界・音楽界の著名な人々と知 り合いになる。シャープなウィットに富んだマリアンは、彼らと仕事の上でだけではなく、個人的にも親しくなった。

劇作家

ジャー ナリストとしての専門的な人生や、ゾンタとの かかわりと平行して、執筆にも熱心なマリアンは、劇作家としての成功も手にした。1912年、マリアンの作品として初めて成功をおさめた劇『Little Women』が、ニューヨークのプレイハウスで上演された(この劇は、1998年現在も上演されている)。マリアンは、ニューヨーク市、ロンドン、パリへ 旅行するが、それは作家としてのみならず、編集者として、また監督としてでもあった。その他作品には、活字となっていないものも含めてかなりの数がある。 小説家ゾナ・ゲールと共に、ラジオ向けの作品『Friendship Village』も書き上げた。この番組は、『隣人』というタイトルがつき、連続ドラマとして、4カ月間全米のラジオで放送された。

その時代の女性

ゾ ナ・ゲールとの合作には、マリアンが20世紀初頭 をいかに生きた女性であるかを見ることができる。マリアンは技術の大きな発展の可能性を評価していた。彼女の作品は、ラジオ番組として、さらには映画まで 視野に入れて作成されたものであった。マリアンは、時に、他のゾンシャンと交流を図るためにラジオを利用した。彼女は作品の広告のために、ゾンタのメン バーを貸し切りの飛行機に乗せ、ニューヨーク州西部上空から宣伝のビラをばらまいたこともあった。

マリアンのコミュニケーションの方法には目をみはるものがあった。マリアンは、ペンの力を利用した女性であった。第一回ゾンタ国際大会の進行過程は、ひとりの女性リーダーが、議事運営手順を用い、できぱきと明確なやり方で統括を行ったよい例である。

市民のリーダー音楽愛好家

マ リアンは市民への奉仕精神にあふれる人格者とし て、当時のマスコミに評された。彼女は、全米博覧会に向けた女性企業家委員会の幹事として、SPCAやバッファロー公立図書館など多くの委員会のため働い ていた。1924年、マリアンはバッファローにバッファロー音楽財団を設立する。その後、彼女はバッファローの教育委員会と協力し、子供のための交響楽コ ンサートを推進する。マリアンの尽力によって、一般に上質なオーケストラとは縁遠いはずの子供たちが、ボストン、クリーブランド、デトロイトなどの一流 オーケストラの演奏に直に接する機会を得ることができた。マリアンは、その大きな夢のひとつをこう語ったことがある。「よい音楽とよい演劇に触れて、子供 たちは大いに育つのだ」マリアンは1920年にはニューヨーク州西部にアメリカン・オペラ楽団を招き、1932年夏には初の歌謡曲コンサートを開き、その コンサートによって失業中の音楽家が職を得た。1930年代初頭、バッファロー・フィルハーモニー・オーケストラの結成においては、マリアンが中心的役割 を果たした。そのオーケストラは当時の最先端を行くアーティストたちの集まりとしてバッファロー市民に紹介された。

ゾンタの創設者

男性社会の中で女性が働く時代に、マリアンとその親しい友人たちは、実行力のある女性たちがいっしょに組織をつくる考えをもっていた。マリアンたちは、強 いネットワークを作ることが必要だと考えた。それによって、女性がそれぞれの職業において、持つべき権利をつかむことができると考えたからである。見えな い壁という言葉が使われるようになって久しいが、それを打ち破ることがどれだけ重要かを実感していた。1919年11月8日、バッファローのホテル・ステ イトラーに、同じような考え方を持ち、それぞれの専門分野で先頭に立っている女性たちが集まった。9つのゾンタクラブの創設である。バッファロー、ロー チェスター、バイガムトン、エルマイラ、シラキュース、エリー、ユーティカ、イサカ、そしてデトロイト。この同盟組織は、その後1927年に、トロントが 加わり、ゾンタ・インターナショナルとなった。

ゾンタは、実行力ある女性たちが、女性の法的、政治的、経済的、職業的地位の向上を目指して活動する、奉仕団体として創設され、現在に至っている。ゾンタという言葉は、インディアンのラコタ・スー族の言葉で、誠実・信頼を意味するZONTAからとられている。

マリアンは初期のスピーチの中で、「ゾンタは、ビジネスや専門の世界においての最も高いスタンダードを目指して設立された…競争ではなく協力を求め、倫理 のみならずよいビジネスのための輝けるルールを願って」と述べている。彼女の思い描くゾンタとは、国内外に広がるものであった。マリアンは次のような言葉 も残している。「今こそ女性の時代である。遠き大地に生きるすべての女性が結集して、呼びかけよう…ゾンタによって、女性たちは、大きく輝かしくひとつに まとまる機会を与えられるのだ」

女性の平和

1935 年、マリアンの死去。歴史の中で、この類ま れなる一人の女性が成し得たものは、今日においても非常に重要な意味がある。マリアンは、多くの分野において、草分け的存在であっが、ゾンタは、彼女の王 冠の中の宝石であった。ゾンタの15周年記念に行われたラジオのスピーチでの言葉は、彼女の精神とそのカリスマ性を見せてくれる。「全世界の実行力ある女 性を、ゾンタ・インターナショナルに集合させるという私たちのゴールにはまだ遠いが、友情と理解と協力とすばらしい意志で結ばれた一団の兵士たちは、平和 のために決して屈さない力となることであろう」

ゾンタの成長

ゾンタ誕生後15年間、マリアンは単なる創設者としてではなく、目をみはるバイタリティーと説得力をもって組織を率いてきた。ゾンタは当初の9クラブから 124クラブにまで増え、その輪はカナダ、ヨーロッパへも広がっていた。夢が現実のものとなり、予測もしなかった急速な発展は、同時に衝突、対立、落胆な どの弊害ももたらした。しかしマリアンは、問題の解決に情熱を傾けた。結果として、ゾンタのメンバーは予測をはるかに上回ってその数を伸ばしていった。ゾ ンタの劇的な歴史の記録は、バッファローにあるニューヨーク州立大学とシカゴのゾンタ国際本部に保管されている。

ゾンタの今日

1919年の誕生に始まり、ゾンタ・インターナショナルは現在、世界71カ国にクラブ数1300余り、30000人以上のメンバーを有している。

ゾンタは国連においても重要な役割にあり、今日では非政府団体として位置づけられている。さらに、ゾンタは、国連経済社会理事会、ユニセフ、国連教育科学 文化機関(ユネスコ)、国際労働機関、そしてヨーロッパ理事会において、顧問となっている。ゾンタは、ジェノバ、ニューヨーク、パリ、ウィーンといった国 連各支部において、活躍目覚しい代表となり続けている。

ゾンタ・インターナショナルは、国連女性発展基金(ユニフェム)との特別なパートナーシップをもっている。ゾンタと同じように、ユニフェムは女性の活動と その役割に注目し、それが継続して発展していくことを不可欠としている。財政的には、ゾンタは、ユニフェムの行ういくつかの女性自立プロジェクトを支援し ている。これらのプロジェクトでは、労働力削減のための技術供給や、職業訓練、農業や企業経営などに携わる女性の地位を向上させるための財政支援を行って いる。

アメリア・イアハート奨学金、ゾンタ国際奨学金からは、現在までのトータルで500万ドル以上が給付されている。年間6000ドルにのぼる奨学金は、航空科学技術に関連する大学で学ぶ女性の学費として活用されている。

ゾンタがメンバーに与えるもの

ゾンタのメンバーは奉仕し、それぞれが属する地域社会を変えていく。ゾンタは、クラブレベル、地区レベル、または国際レベルにおいて、リーダーシップを発揮できる機会を与えてくれる。